企画のはじまり~なぜ「電気」を消したのか~

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毎回独特の視点で観客の好奇心をくすぐる矢口監督が、今回描いたのは「電気がなくなった世界」。いったいなぜ「電気」を消したのか?構想の発端は『ウォーターボーイズ』公開の頃にさかのぼる。「自分自身がモバイルやパソコンに音痴なところがあって、いっそ全部使えなくなってしまえばいいのに!そんな意地悪な思いつきでした(笑)」と矢口監督。≪日常的に使っている便利な道具が全て使えなくなったら、人はどう生きていくのか≫≪不便になることで、逆に取り戻せる豊かさがあるのではないか≫。そう考えていた矢口監督は、あるニュースを目にする。それは2003年8月に起きた北米の大停電である。米国8州およびカナダ・オンタリオ州の合計5,000万人に影響が及んだこの停電は、復旧に2日間を要し(カナダ・オンタリオ州は復旧に1週間を要した)、電気によって便利な生活を送っていた人々に不自由を強いる出来事となった。「人々がブルックリン橋の車道にまで広がって歩いて渡っている景色そのものが面白かったんです。この企画は絶対イケる、と確信を持ちました」こうして、企画の実現に向けて動き出したが、ちょうど同じ時期に別の企画が進行していたこともあり、実現まで10年以上の時間を要することになる…。

本格始動~とにかく「リアル」を知れ!~

企画がついに本格始動することになったのは2013年。始動の第一歩は企画内容は秘密のままのアンケート調査だった。「ある日突然、電気で動くもの全てが使えなくなったら、あなたはどうしますか?」「現象から3日後、状況は変わりません。あなたはどうしますか?」「1週間たったら」「1か月たったら」「1年たったら」…。答えを記入した後でなければ次のページをめくることはできず、最初は「困るけど、なんとか仕事へ行く」「スマホが使えず不便かも」と回答していた人たちも、想像を超えて現象が長期に渡ると、悲観的な意見を持ち始める。特にSNSのある生活が当たり前の若い人たちほど、具体的な対処方法を思い描けずに「生きているのは難しい」などの回答が多い。一方50代以上の人たちは「自給自足でなんとか生き延びる」といった回答が目立ち、年代で大きく回答が分かれる結果となった。次に、実際に非常食(保存食)を食べ、バッテリー補充液を飲みながら東京から鹿児島への移動を敢行。「登場人物たちと同じ経験をしながら西に移動したかったんです。知らないのに世界観を描くことはできないし、そうはしたくなかったので。あとはそのような状況下で人間の心にどんな変化が起こるのかも知っておきたかったんです」と監督。その後も、水道局や防災関連イベント、サバイバルの専門家への取材など、徹底してリアルを追求する綿密な調査を実施し、サバイバルファミリーの世界=電気がなくなった世界を作りあげていったのである。

「ボーイズ」「ガールズ」の次は「ファミリー」?
~今度は「家族」を描く~

今まで『ウォーターボーイズ』 『スウィングガールズ』をはじめ、若者の夢と希望あふれる青春物語を描いてきた矢口監督だが、今作では徹底して≪家族≫を描いている。「これだけのパニックが起きていながら、描くのは鈴木一家の視点に絞りました。ディザスタームービーの側面を持ちつつも、本筋は家族再生の物語なんです」と監督は語る。構想を練る段階から、父親を主人公に据えた家族4人の話にすることは決定していたという。同じ家に住んでいるのに、関係が薄い今どきの家族。口先ばかりでエラそうな父、魚を捌けずスーパーの惣菜で間に合わせる母、親を煙たがりスマホで自分の世界に入り込む子供たち。こんな家族が、電気がなくなった途端にさまざまな困難に直面し、時にぶつかりあう。お互いが関わりあわなくても生きていけた便利な世界とは違い、否が応でも支え合わなければ生きてはいけない。その時家族は、どう変わっていくのか。サバイバルの旅を通して、家族の絆や、人間が本来持っているはずの逞しく生き抜く生命力が見えてくるはずだ。

「もう一歩頑張れば…という家族にしたかった」
(矢口)

こだわりのキャスティング
~サバイバルに最も向いていない家族~

重要になってくるのはストーリーの主体となる鈴木家のキャスティングである。監督曰く「もう一歩頑張れば…という家族にしたかった」。そんな一家の父・鈴木義之役を任されたのが、小日向文世である。『スウィングガールズ』『ハッピーフライト』と過去の矢口作品に出演しており、監督から全幅の信頼を置かれていた小日向は「サバイバルに最も向いていない、日本一ダメなお父さんにしたかった」という監督の要望に見事に応え、ダメ親父を熱演。

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母・光恵役には深津絵里。2001年、ドラマ(学校の怪談「怪猫伝説」/関西テレビ放送)に出演以来の矢口監督とのタッグとなる。持前のユーモアセンスをいかし、本作では2人の子供を持つ初めての母親役として新たな魅力を存分に発揮!傷だらけになってサバイバルに立ち向かう主婦を演じきっている。

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子供役をつとめたのは泉澤祐希と葵わかな。若手注目株の2人は、見事オーディションで役を勝ち取った。「2人ともとてものびのびしていて、まだ癖もカラーもついていない、真っ白な画用紙のようだったのが決め手」と監督が語るように、作品内でも徐々に成長していく子供たちを等身大で演じている。

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家族がサバイバルに立ち向かっていくリアルさを追求するために、役者への“汚し”の作業は毎日、念入りに行われた。「汚れていない状態をあまり見ていなかったので、メイクを落とし、私服に戻った役者さんたちを目にした時に、ああ、凄くキレイだったんだなあと思いました(笑)」と監督。過酷なシーンの連続、しかも約2か月半の地方ロケということもあり、鈴木家は自然と団結力を強めていった。まさに「サバイバルファミリー」の誕生である。鈴木家以外にも、たくさんのキャラクターが登場する。ダメダメな鈴木家と対極の存在で、アウトドアとロードバイクに精通した斎藤家に時任三郎、藤原紀香、大野拓朗、志尊淳。義之の同僚に宅麻伸、道中に立ち寄る米屋に渡辺えり、光恵の父に柄本明、強面のブッチャーに大地康雄と、個性あふれる演技派俳優が集結!鈴木家と彼らの、真剣だからこそ生まれるおかしみたっぷりのやり取りも、本作の見どころの1つである。

高速道路でのロケ敢行!~監督のこだわり~

『サバイバルファミリー』を撮影するうえで監督がどうしても実現したかったのが、鈴木家が高速道路を自転車で走るシーン。CGが多用される昨今だが、絶対に合成やCGに頼らない!という信念の下、日本中をロケハンし映画の設定に合致するロケーションを見つけ出した。

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「自転車で思いっきり高速道路を走ってみたいなあ…なんて思ったことないですか?通常の世界ではやってはいけないことをやり、行ってはいけないところに行くことができる。この映画だからこそ味わえる開放感を、鈴木一家とともに観客にも味わって欲しいんです」と監督。スクリーンを通して、常識の向こう側への旅を体感してほしい。

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「ドキュメンタリー作品のようにしたかった」
(矢口)

撮影もサバイバル!~体当たりの演技~

サバイバル映画だけに、鈴木家の4人のキャストには過酷な撮影が待っていた。まずは、家族4人で豚を捕獲するシーン。朝から夕方まで、1日中ひたすら豚を追いかける。訓練されたタレント犬などと違って豚に演技指導ができるわけもなく、全てがぶっつけ本番。「それではつかまえてください、どうぞ!」という監督の号令のもと、解き放たれた100キロ超級の豚をめがけて、全員が本気で豚を追いかけまくる。結果、主演の小日向は豚に振り落とされあばらを強打する事態にも。しかし、すべてが予測不能の真剣勝負の甲斐あって、躍動感あふれる迫力満点かつおもしろ可笑しいシーンが誕生。もう1つ、まさに苛酷の極み!といえるのが、イカダで川を渡るシーン。もともと9月頃の撮影を予定していたが、天候事情などにより、撮影したのは11月末。水温7℃の極寒の川の中での撮影となった。冬の川の中に1日中浸かっていると、俳優たちの体温はたちまち奪われる。体温維持のため岸には即席の温水プールが用意されていたものの、そこに行くことすらつらい、ということになり、結局俳優陣の衣裳の中に直接お湯を注ぐという方法で暖をとった。その様子はまさにサバイバルそのもの。監督の様々な要望に、鈴木家も全力で応え、終始体をはり、泥まみれになりながらも、撮影は進んでいった。キャスト同様にスタッフも苛酷な撮影を通じて一致団結。ハードな撮影でも、現場はとても和やかであたたかな矢口組であった。

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世界観の構築~電気のない世界の再現~

全ての電気が消えてなくなる。それはシンプルなようで、だれも体験したことのない世界。矢口監督は、電気がなくなった後の世界をすべて手持ちカメラで撮影することにした。この撮影方法により、どこか秩序が壊れた不安が漂う雰囲気が生まれ、「ドキュメンタリー作品のようにしたかった」という監督の狙い通りに、観客に≪いつか自分の身に起こるかもしれない、他人事ではない≫リアリティーを持つ、ザラついた手触りの作品となった。他にも、世界観の再現のために苦労した点が車と光と音である。電気がない世界は、普段周りを取り囲んでいる動力や光や音がない世界。動く車やバイクが入らないように交通規制をし、近隣の家やビルの灯りにいたるまで全てを消灯した。本来ならロケをしていればどこかから必ず入ってしまう街のノイズ、車や電車の音なども仕上げ作業でそぎ落とす。代わりに聴こえてくるであろう微かな人の息や反響する足音、虫の声などを丁寧に編み込んでいった。「音楽もアナウンスもない、誰も体験したことのない“都市型の静けさ”を体験して欲しかった。そして映画館を出た時、今ある世界がどれだけ騒がしいものか感じてもらいたかったんです」と矢口監督は語る。観る者全てが電気のない世界に迷い込んだように体感できるのは、こうした細やかな作業の積み重ねの結果だろう。

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主題歌~母のような包容力~

電気がなくなり、自然から生まれる音、人間のたてる音のみになった世界を強調するためにサウンドトラックをギリギリまで絞り込んだ今作。「映画を観終わった観客が、『あれ?音楽って入ってたっけ?』そんな感覚になってもらえるようにしたかった」と監督が言うように、登場人物の感情に寄り添うように、さりげなくも緻密に音楽が使われている。主題歌に抜擢されたのがSHANTIの歌う「Hard Times Come Again No More」である。もともとテーマ曲にはクラシックをと考えていた矢口監督がこの楽曲に出会い、歌詞とメロディラインが自らのイメージと今作の内容に合致していることで採用。以前からSHANTIの歌声に惚れ込んでいた監督が、この楽曲にぴったりと判断、起用に至った。「母親のような包容力を主題歌にもたせたかった」という監督は、SHANTIと歌い方についても相談。
「次々と襲いかかる困難に立ち向かう家族に、最後は優しく包み込むようなあたたかさをあたえるように」。映画のエンドロールで流れるSHANTIの歌声。主題歌が担う大きな役割にもぜひ注目していただきたい。

映画が完成して~監督メッセージ~

地球から電気がなくなってしまうという壮大な設定の中、矢口監督ならではの笑いあり、壮絶なサバイバルアクションもあり、家族の絆に感動もあり。1つの家族のサバイバルを通じて、観る者の胸に深く刻まれるような作品に仕上がった。矢口監督の新境地とも言える本作の完成を受けて、監督は次のように語った。
「僕が作ってきた映画の中では最もシビアな状況設定なので、脚本を書いているときはもっと痛々しい映画になるのではないかと思っていました。でも完成した映画は、鈴木家のキャスト4人に助けられて、絶望の先に希望の見える家族再生の温かい物語になりました。
何も大災害が起きる訳じゃない。たった130年くらい前の、電気のない生活に戻るだけなんです。しかし便利で快適な暮らしに慣れてしまった私たちにとって、その瞬間から命がけの旅が始まる。今の暮らしは本当に豊かなのか、失って初めて分かることもある。もしかしたら、いつか同じようなことが起きるかもしれない。その時あなたは、そして家族は生き残れますか?この映画でそんなサバイバル体験を楽しんでください。
最後にこれだけはお伝えしておきたいのですが、あの家族の真似は絶対にしてはいけません!(笑)」

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